50年経ても高い評価!エル・プリメロを開発したゼニス

ゼニス
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kevin(@wgkevi)です。

ゼニスについて紹介します。

ちょっと長くなりましたので、2つに分けて記事を書きました。よろしければ、パイロットウォッチについて触れているこちらの記事もご覧ください。

ゼニスは信念を貫き通す男性にふさわしい時計ブランド
kevin kevin(@wgkevi)です。 こちらのゼニスの記事に続く内容を書きました。 上記の記事にも書きましたが、ゼニスと言えばエル・プリ...

 

ゼニスは機械式時計を語る上でぜひ知っておきたいブランドです。「エル・プリメロ」という時計史に燦然と輝く傑作ムーブメントを開発しています。

ロレックスなどと比べた時に、日本での知名度は低くなってしまいますが、ぜひたくさんの人に知って頂きたい素晴らしい時計ブランドです。

マニュファクチュールとして創業したゼニス

ゼニスという会社は、1865年にスイスのジュラ西部にあるル・ロックル(計画された時計産業都市として「世界遺産」に登録されています)で、ジョルジュ・ファーブル・ジャコによって創業します。

ゼニスというブランド名は「頂点」という意味です。創業者が、ある日、夜空を見上げたところ、頂点に輝く北極星を見て名付けました。また、ロゴマークの星もここから来ています。

創業者のジョルジュ・ファーブル・ジャコは、それまでのケースや文字盤、ムーブメントなどを別々に専門職が製作して来て組み合わせる方法ではなく、一貫して自社で専門職が集い、生産しようという、マニュファクチュールとしてスタートさせます。

その時、ジョルジュ・ファーブル・ジャコはわずか22歳です。

マニュファクチュールは、当時としては画期的な生産システムのアイデアでありました。

創業時から革新的なブランドだったのです。

1870年以降、ジョルジュ・ファーブル・ジャコは精力的に外国に販売に赴きます。1900年からは、甥とともに市場開拓を行いつつ、市場分析を行い、その国の収益や発展性などを鑑み、世界初の腕時計の流通経路を確立します。

それによって、鉄道や航空会社と提携し、その流通網の中にあった最果ての国である日本でも、戦前の鉄道時計にゼニスは採用されているほどです。

創業から150年という時を超えてもなお、ゼニスは世界中でその名を轟かせています。

ただ、老舗ということだけならば、他にも多くのブランドが存在しています。中には消えてしまったり、創業時のような勢いを失ってしまっているブランドもあります。

ゼニスは現代においても高く評価され愛されているのはなぜでしょうか?

A.それは、創業者の意志を継ぎ、時計業界に大きな発明を残したからです!

その大きな発明の一つが、1969年1月10日発表の「エル・プリメロ」です。ゼニスの名を一躍世界に轟かせる大発明です。

50年間基本設計が同じであるエル・プリメロのスゴさ

エル・プリメロはナンバーワンとういう意味でエスペラント語です。

ゼニスのクロノグラフの始まり

ゼニスとクロノグラフの発端は、「マルテル・ウォッチカンパニー」をゼニスが買い取ったのが始まりです。

マルテル・ウォッチカンパニーとはレポンド・マルテルという時計技師が手巻クロノグラフを以前より開発、改良、生産を手掛けていたクロノグラフメーカーです。

老舗時計ブランドのユニバーサルジュネーブの子会社でした。そのマルテル・ウォッチカンパニーをユニバーサルジュネーブが1960年に会社ごと手放したのをゼニスが買い取ります。

そして、ユニバーサルジュネーブでも定評のあった28系キャリバーの派生モデルである「749」をゼニスで最初の「クロノグラフキャリバー146」として出したのが、ゼニスのクロノグラフ腕時計の始まりです。

エル・プリメロが世界で初めて量産型自動巻きクロノグラフとして発表される!

その後ゼニスは1965年に今までの手巻きではなく「自動巻き機構とクロノグラフを備えた量産型キャリバーを作ろう!」と掲げます(自動巻きのクロノグラフで量産型というところがポイントです)。

それにより、マルテルが今まで蓄積してきたデータや技術を総動員して産み出されたのがエル・プリメロです。

世界初のコラムホイールを搭載したセンターローターのクロノグラフで、36000振動というハイビート機械です。

10/1秒を正確に計測できるクロノグラフでありながら、センターローターによる構造の恩恵で小さく作ることも出来、この時代からボールベアリングを採用しています。

さらに、切り替え車も良く考えられており、クロノグラフを使いながらも、パワーリザーブは驚異の50時間を叩き出します。本当に圧倒的なパフォーマンスでした。

これは、当時競い合っていたクロノグラフの開発競争でも世界で最初に発表された機械であり、ホイヤーやブライトリングが開発したものより全てにおいて小型化も成功されています

でも実は、セイコーもこの時にクロノグラフの開発競争に参加していて、販売自体はセイコーが一番早かったのです!

エル・プリメロが実質発売になったのは1969年の秋ですから、量産態勢をしっかり整えたセイコーの方がいち早く市場に出せたのです。

50年変わらない基本設計

ゼニスの36000振動のクロノグラフは、その後数十年間誰も寄せ付けることなく孤高のムーブメントとして語り継がれていています。

また、エル・プリメロは非常に優れた設計だったため、約50年に渡りその基本設計を守っています。

これは、非常に稀なことです。驚異的な技術力であることがよくわかります。

ちなみに、昨年ブランパンが発売した「バチスカーフ」に久しぶりにクロノグラフ付きの36000振動の新ムーブメントが出てきたのですが、残念ながら量産ではなく限定でした。

今なお量産型のゼニスの36000振動クロノグラフの牙城は崩されません!

技術革新や仕様変更を大々的に売り出すメーカーではないので、ユーザーが気が付かないと分からなかったりするのですが、2014年からゼニスはエルプリメロにさりげなくシリコン製の部品をガンギ車に投入して、より高精度なムーブメントに進化させています。

ハイビートで油切れが心配されていた部分についても、2硫化モリブデンを使用した乾式潤滑システムになっています。

また、ボンベダイヤルに合わせた針の仕上げにこだわっていて、今なお「手曲げ」ですし、針の塗料なども裏までしっかり回してくるようにもなり、高級感が本当に一昨年くらいから隙のないものになっているのです。

英雄となった時計技術者 シャルル・ベルモの信念がゼニスを救う!

エル・プリメロを語る上で外せない人がいます。

1970年代中盤にクォーツショックにより、ゼニスがアメリカ資本となっていた時、このエルプリメロを含む機械式ムーブメントの完全な生産中止および廃棄を命じられるのですが、当時の技術者で抵抗した人がいました。

それが、シャルル・ベルモ(昔の書籍を読むと、チャーリー・バーモットと書かれています)です。

会社の指示に抵抗し、部品やムーブメント、工具や製造図面などを工房の屋根裏に隠したのです。
そして1978年に、ふたたびスイス資本となった時、すぐさま部品や設計図面などを取り出し、再生産できるようにした功績は大きく評価され、彼は英雄になります。この彼の働きがなかったら、ゼニスが機械式時計のブランドとして復活するのは難しかったかも知れません。

1981年にエベルの当時の経営者であるアラン・ブルムが、当時の新作に載せるためエル・プリメロを探しにル・ロックルへ人を派遣した際に、手を差し伸べたのもシャルル・ベルモで、そのおかげでエベルは新作を完成させられたという。

本当に伝説的な時計技術者なのです。

彼は青文字盤が好きなので、彼にまつわる限定品であるクロノマスターパワーリザーブなどは青文字盤が採用されます。

そんな彼が退社する際に贈られた腕時計は、「410」という時計で、名機と言われたムーブメントなのですが、キャリバー番号がそのまま商品名になっています。

ゼニスにとっての青文字盤とは偉大な英雄に捧げられた特別な物なのです。

シャルル・ベルモの偉業を称えたモデルです。彼の好んだブルーを文字盤にしています。

月、曜日、日付、ムーンフェイズを表示する“フルカレンダー”モデルで、1975本という限定数はシャルル・ベルモ氏が行動を起こした年に因んでいます。

こちらも、シャルル・ベルモの偉業を称えたモデルで、時計の心臓部が見えるオープンフェイス・デザインを採用しています。

もちろん彼の好んだブルーを文字盤にしています。

限定数も同じく1975本です。